日本が世界に誇るアクリル樹脂原料MMA、その先頭を走り3分の1を超える圧倒的な世界シェアを持つのが三菱ケミカルグループです。同社においては、成長の柱の一つとして、このMMAに引き続き投資を行い、リーディングカンパニーとしての地位を確固たるものにすることを狙っています。今回お話を伺ったモノマー・触媒研究室 MMAグループは、このMMAの研究開発を担っているチームです。
三菱ケミカルグループでは、経営方針として「デジタルケミカルカンパニー」を目指し、その実現を担う従業員を「スマーター・エンプロイー(スマート人材)」と位置づけ、プロセス変革を推し進めるべくトップダウン、ボトムアップ双方からのDXを進めています。そのような中、研究室の業務レベルにおいても、生産性向上に繋がる現場DXを模索していました。
化学分野の研究室が扱う各種化学品は、毒劇物に分類されるものも多く、毒劇法に沿った厳格な管理を行うことが求められます。具体的には「保管・陳列されている毒劇物の在庫量の定期点検、使用量の把握」をするという管理なのですが、管理すべき化合物や試薬が数百以上におよぶため、相応の労力が割かれる業務となります。MI(マテリアルズ・インフォマティクス)や実験自動化などのDXが進む研究開発の分野にあっても、化合物や試薬といった現物を扱う以上、まさに避けては通れない業務と理解されていました。
モノマー・触媒研究室 MMAグループでは、500品目以上の化学品と250種類以上の一般試薬を、毒劇法に則り管理しています。従来は、スタッフが使用する度に使用前後の重量を量り管理簿に記録、紙の帳票に書き起こし管理職の承認を取得、さらに月に一度は半日かけ棚卸を実施。その裏では管理職が帳票を管理し、月数時間程度かけて管理簿と帳票を照合、さらに安全管理者でもあるグループ長が同じ時間をかけチェック・最終確認していました。MMAグループ主席研究員の加藤様は「新製品の開発納期を意識しながら研究・開発を進める中で研究に支障が出るという話ではないにしろ、スタッフ・管理者それぞれに大きな負担になっていたのは間違いない」と述べています。また研究員の岡田様も次の様に述べています。「棚卸作業は、グループ総出で半日かけて行うのですが、季節によっては高温多湿となる過酷な環境下で、多くの管理物を計量し続けなくてはならないので、負担も大きく感じていました。」
また棚卸時には、ガロン缶に入った化学品を持ち上げて棚から下ろし計量する必要があり、作業時は十分注意して行いますが、重量物も多いため本来負わなくてもよいはずの労災リスクを伴うものともなっています。これまでも、可能な限りこのリスクを最小化すべく、1つ当たりの内容量を減らす、といった取り組みも進めてきました。しかし「重量を量って在庫量を定期点検するという毒劇物管理の基本業務からは逃れられず、決定的な手段が見つけられていませんでした。」(加藤様)
今回、毒劇物保管庫の棚に並ぶガロン缶に入った化学品約350品について、SmartMat Cloudを活用し使用量の把握・在庫量の点検を自動化。そのデータをAPIを通じスプレッドシートと連携し、従来紙の帳票で行っていた承認・照合プロセスを、スプレッドシート上にて一括で実行できる体制に移行し、以下を実現しました。
・使用量の計測・記録の自動化
・スプレッドシート上での使用申請と管理者による承認(APIによるデータ連携、スプレッドシートのVBA/マクロ機能を活用)
・在庫量の点検の自動化
導入にあたっては、SmartMat Cloudを活用した自動計測や紙の帳票を使用しない承認・点検が、毒劇法の管理要件を満たすか、研究室を管轄する安全管理部門と相談を行いました。各種セキュリティ対策の実施とデータ改ざんの恐れがないことなどを確認し、無事デジタル化を進めることができました。さらに、元々約500品目に分けて管理していた化学品について、保管しておくべき品目数の整理も実施。その結果、約350品目までスリム化するという副次効果もありました。
今回の毒劇物管理の自動化・デジタル化を通じ、使用毎の記録・申請および棚卸といった「作業」が効率化されたこと、管理職・安全管理者が担う「管理」は、効率化だけでなく計量や承認などの管理の厳格化を達成し、さらに棚卸時の労災リスクの軽減という3つの効果創出に成功しています。
プロジェクト検討時には、この内、使用毎の記録・申請および棚卸の工数の削減によりプラスの費用対効果を達成することを想定していました。「実際、期待通りの効果を出し費用対効果もクリアすることができていると考えています。」(加藤様)
また、単純に業務効率化の観点に加え、研究室の管理職・メンバーの方が実感できる効果、労働安全衛生上のメリットも明らかになっています。「棚卸作業は肉体的な疲労が大きいだけでなく、心理的な部分も含め大きな負担になっていたのは事実です。これがなくなることのメリットは少なくないと感じています。」(岡田様)さらに労働安全衛生の観点でも、そのメリットを評価頂いています。「毒劇物の在庫量の定期点検は毒劇法で求められていることなので避けられないのですが、計量する際の棚からの出し入れ時には労災リスクが伴います。本来負わなくていいリスクは避けるべきです。今回定期点検時の計量を自動化できたことは、労災リスクを低減することにも繋がっています。さらにデジタル化により、データが自動で記録されるので記録ミスや改ざんも発生し難くなり、毒劇物管理の自体がより厳格なものとなりました。データを通じ理論在庫量と実在庫量の照合が行なわれることにより、使用時の記録忘れなどがあっても、1日以内にズレを検知し、原因究明や修正することが可能になっています。」(加藤様)
毒劇物管理の完全なデジタル化は、化学業界トップである当社グループの主要な研究所の中でも初めてのケースでした。今回の取り組みは、当社経営方針の中で掲げられる「DX実現による生産性向上」に合致する取り組みであると共に、実際に研究現場にもメリット・効果があるという点で、社内評価も受けています。
MMAグループ長の近藤様は次の様に述べています。「今回の取り組みは、避けては通れない管理業務の負担を減らし、かつ管理の精度を上げるという大きな効果があります。これが我々の本来業務である研究開発のスピードアップへどのような効果があるかについては、今後大いに期待して注視していきたいと思います。」